引き続き『老人必用養草(ろうじんひつようやしないぐさ)』を紹介します。
この本は香月牛山(かつきぎゅうざん)が1716年に著した本です。
老人の養生、老人への接し方など現代にも通じるいろいろな教訓が書かれていて、今読んでもためになります。
今日は老人の疾病治療に関する部分を抜粋して読んでみます。
【原文】
・或人の許行けるに、薬を修合(しゅうごう)するとて家僕をあつめ、薬研(やげん)、石臼などもちだして在ける。主出て物がたりす。予これにとふに、「いかなる薬を修合し給ふや」といへば、あるじ、「拝借丸を製し申す」と答ける。予がいはく、「かくのたまふ薬銘は、いまだ聞馴ぬ事なり」といへば、あるじほほゑみて「聞馴給はぬこそことはりなれ。やつがれが換銘なり。是、仲景の八味丸なり。世間の人、常に此薬を服して腎精をまし、初老より中年まで陽事を恣(ほしいまま)にす。たとへば、主君より金銀を拝借して、みだりにつかふにことなる事なし。拝借せざれば貧しといへども、その分限にしたがふ。拝借して、しばらく富のつくやうなれば、みだりに金銀をつかふ。拝借の金銀皆尽て、をのれが貧しき家の財を添てつかひ、身をくるしめ、家を滅するにいたるにあらずや」といはれける。いとおかしき事なり。
・予、再び此人をさとしていはく。「貧(まずし)き人、拝借して手前の不如意をたすくるは世の常なり。此金銀を、よきほどに用ふときは、其益いふべからず。此金銀にてしばらく富つくをたのむゆへに、かへつて害をとる。世間多慾の人を見るに、手前貧しからねども、金銀はいくら有てもあかぬ事とおもひて、用にもあらぬに人の金銀を借て蓄(たくは)へ、つかふべき時も、をしみてつかはず、守銭の奴となる者は、此金銀を蓄(たくはふ)るによりて身を害するにいたる。金銀はつかひて世用をかなふるを以て重宝とするなり。人の元気も、つかはざるときは何の益あらん。天よりそれぞれの才能を生付玉へば、文学の才ある人は、人の師となりて学問を世間におしひろめ、芸能のある人もそれを世用の益となす事なくんば、何のいきる甲斐あらんや。ただ元気を惜むといひて、官ある人は其職分をも勤めず、あまつさへ若隠居して、病者にして元気乏しきとて肉食を嗜み、補腎の剤とさへいへば、もとめ出て服し、精気をます物といへば、あやしき鳥獣に至まで、残所なく食ふ者は、是、何の用にもなき金銀を借蓄る者にことならずや。よく此事をおもひわけて、貧しき時は拝借して勝手をよくしなして奉公をつとめ玉へ」といひて、たがひに笑ひになりぬ。
【訳文】
・ある人を訪ねると、薬をつくるため、家の手伝いを集め、薬研や石臼などを持ち出していた。主人が出て、話をした。私はこの人に「どのような薬を作っているのですか」と尋ねると、主人は「拝借丸を作っていたのです」と答えた。「そのような名前の薬は、今まで聞いたことがありません」と言うと、微笑んで「お聞きになったことがないのは当たり前です。私が名前を変えたのです。これは、張仲景が創作した八味丸です。世間の人は、常日頃、この薬を服用して腎精を増し、初老から中年まで欲望のままに房事にふけっています。例えるなら、主人から金銀を借金(拝借)して、やたらと使うことに違いはありません。借金をしなければ貧しいといっても、その上限に従う。ですが、借金して、しばらくお金の工面が付くようになれば、みだりに金銀を使ってしまいます。借金した金銀がすべて尽きて、自分の貧しい家の資産をさらに使い、身を苦しめ、家が破産しないわけがない」と仰った。とても興味深いことである。
・私は、再びこの人に説明して言った。「貧しい人は、借金をして、当面のお金を工面するのは世の常です。金銀を程よく用いるときには、その利点はいうまでもありません。しかし、借りた金銀でしばらくの間お金が手元にあるのを頼りにするから、返って害になります。世間の欲深い人を見ると、今現在は貧しくなくても、金銀はいくら有っても十分ではないと思って、使う用もないのに金銀を借りて蓄える。使うべきときも惜しんで使わず、守銭奴となるものは、金銀を蓄えることによって、体を害することになります。金銀は使うことで世の中の役に立ち、大切なものとされています。人の元気も、使わなければ何の益もありません。天からそれぞれが才能を持たせてもらい生まれてくるので、文学の才能がある人は、人の師となって、学問を世間に広め、芸に秀でた人も、それを世の中の利益とすることがなければ、何の生きる甲斐があるでしょうか。ただ、元気を惜しむと言って、ただ元気を惜しんで、官職についている人が、その職分を果たさず、その上、若くして隠居し、病気を患い元気がないといって肉食をして、ただ補腎の剤と聞けば、求めて服用し、精気を増すものと聞けば、珍しい鳥獣に至るまで、余す所なく食べる者は、何にも使わない金銀を借りて蓄える者に違いはない。このことをよく考え、貧しい時には借金をして、家計をよくして奉公を務めるのがよい」と、お互いに笑いあった。
前半は、補腎薬を服用して、房事にふけるのは本末転倒だということを言っています。
後半は、何だか身体の話と利他の話がごちゃ混ぜになっていますね。
世の中の役に立つように、自分の体力、能力を使うのが一番である。補腎薬を飲んで、いざというときには自分の力を惜しみなく使い、十分に発揮しなければいけないとのことです。
次は、便秘についてです。
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